三の章  春待ち雀
F (お侍 extra)
 



     
山帰来(さんきらい)

    ユリ科
    原産国:日本・中国・朝鮮・インドシナ
    自然開花期:4〜5月 実は10〜11月
    本来は、サルトリイバラ(猿捕茨)と言い、昔は毒消しの実として使われていました。つる性植物の落葉低木で2mまでは成長します。茎には刺があり、他の植物に絡み付いて成長します。山野に多く自生しているため、栽培をおこなうことはせず、毒消しの必要がある時に山に入り実を食べて帰ってくるという利用をされていました。名前の由来もこのことから山帰来と呼ばれています。

*環境goo 植物図鑑 より →




          




 辺境の小さな農村を殲滅するには大仰なまでの布陣を引き連れて訪のうた“都”は、かつての長年、この大陸を二分して何十年もという長きに渡り引き続いた大きな戦さのその中で、大本営として要所の穹に傲然と浮かんでいた、弩級戦艦“本丸”の成れの果て。ともすれば神無村に匹敵するほどの広さを持ち合わせ、航行運営や戦闘を効率よく運べる伝達機構も充実しており。最新鋭の動力機関を保持し、光弾仕様の砲台を多数装備し、格納庫には魂を抜かれて“木偶
(でく)”と化した機巧侍の“野伏せり”たちを、幾十…いやさ、百を超した陣営にて抱え込む、新しい天主がその権力の威容そのものとして誇った、最強の砦であった筈だのに。言わば、空を飛ぶ要塞都市に匹敵しそうな規模の化け物を相手に、十にも足らぬ頭数で立ち向かうなぞという無謀を敢行した、雇われ侍たちであり。

 『斬艦刀?』

 その戦いは当然至極、凄絶な様相を呈したが。これほどのハンデがありながら、なのに簡単に畳まれなかったという時点で既に、ある意味、戦さというものを知り尽くした元軍人の“侍”と、巨大戦艦や群れをなす機巧侍らという桁外れのスペックにのみ頼った、所詮は素人に過ぎなかった商人らとの差が出ていた、とも言えた。

 『使えないなぁ、野伏せりはっ!』

 揚陸した侍たちを、山ほどの機巧の近衛兵らが途轍もない厚みで取り囲んでの迎え撃ったにも関わらず、やはり彼らの進攻を止めることが出来なかったのは。損得勘定が出来ない“命知らず”にしか抱けない、堅くて頑迷な“信念”の差だったのかも知れない。

 『…っ!』

 こちらは生身だ。よってその感応には、機械の精度だけではおっつかない、アナログならではの繊細微妙な勘や鋭さが働いて。さすがは練達、神憑りとも言えた動作が、反応が、こなせた。機巧の存在が構える無機的な攻勢には、当然のことながら感情や温度がなく。怜悧なその上、限りなく正確ではあったが、柔軟性や融通には欠ける。どんなになめらかな動作制御が進んだとて、人間の解析能力には敵わない。重いその身が動作するときに起こす微かな作動音が気配の代わり、弾丸や光弾が射出される寸前の間合いが殺気の代わり。先の大戦に参加したクチの侍たちには肌身に染みている感覚であり、それらをくぐり抜けて生き延びた者らなればこそ持ち合わせている、無機物の気配を拾えるずば抜けた反射が、間合いを読める特殊な勘が、一際冴えてのその結果。何かしら思うより前にその身が的確に反応し、精密な攻勢を紙一重で躱すことが出来るのであり、

  ――― とはいえ。

 多勢に無勢が全く関与しなかった訳ではなく。得物と言えばその手の延長とした刀のみという顔触れだけに、全くの無傷で…とはいかず。雨あられと降りしきった機銃による弾幕や、雷電や紅蜘蛛といった巨大な機巧侍たちが繰り出した凄まじい破壊力の炸裂弾は、この頭数では捌くだけでも大層な難儀。避けるにも限度というものがあった。主機関を切り離すという任を任された平八と、神無村へ先行しかかる雷電部隊を追った久蔵は、それぞれが単独であたったその仕儀の最中に避け切れぬ攻勢を受け、その身をひどく損なう負傷をし。殊に平八は、下肢を斬艦刀と壁とに挟まれて身動きが取れない状態となったそのまま、自ら仕掛けた強力爆薬をその手で点火。それによって切り離した主機関もろとも、かなりの高度から地上へ落下し、それらの衝撃を浴びたそのまま、命も絶えたものと思っていたのに。




  ――― 私は、もしかしたら。
       あの大戦がもっと続いてほしかったのかも知れません。

       そうすれば、
       戦艦ごと撃墜されてのひとからげで、
       誰にも迷惑をかけぬままに死んでおれたかもしれない…。






   ◇  ◇  ◇



 至近にて炸裂弾の爆風を受けた煽りで、右腕の肩から指先までの、骨から筋肉からとずたずたに裂かれた久蔵と、とっつかっつの重傷を負ったもう一人。腰から下を戦闘機でもある斬艦刀の鋼の重しにて押さえ付けられの、そのまま地上に落下した衝撃に全身を叩かれのした、元・工兵の平八は。九死に一生を得ての生き延びはしたものの、腹部に内臓に至るほどの深い傷を負ったその上、両脚の腿とそれから腰の骨を破損しており。久蔵を診た同じ医師殿から“ひたすら安静にして過ごすように”との厳命が下っていて。そんな彼の生活に支障が出ぬように、その傍らへぴったりと寄り添っての看病を全て受け持ったのが五郎兵衛殿であり。こちらさんもまだまだ…先の決戦で受けた深手が完全に癒えていた訳ではない負傷者なれど、
『なに、食事の支度は村の衆がついでに手掛けて下さるそうだし。何となりゃあアタシにだって心得はありますから任せてくださればいい。それより何より、怪我をしたヘイさんをいたわるからには、ゴロさんもまた自分への無理や無茶は出来ますまい。』
 体調を崩すなんて以っての外と、殊更に気を張らねばならなくなるのだから、あとちょっとというお怪我もすぐに癒えましょうぞと。これは七郎次が言葉添えをしたがため、村の女衆が申し出てくれかけたのへのいい牽制にもなった。お気持ちは有り難いが、平八の性格や気性では…そこはやっぱり遠慮が挟まるだろうと。そうなると、傷の治癒にも影響が出ないとも限らぬと読んでの先回り。

  “性格や気性…か。”

 シチさんの細やかな観察眼の鋭さには、やっぱり頭が上がらぬと思い知らされた。何とはなしに感じていたもの、彼もまたすっぱり見抜いた上で、こういう段取りになるよう運んでくれた。人懐っこく見せていながら、実は…素のお顔を滅多に見せない、頑ななところも持ち合わせている平八だってこと。後から加わったクチで、しかも勘兵衛の補佐にと徹することへ始終張り詰めてもいたくせに。一体いつから気づいていた七郎次であったのだろうか。そしてそういった気遣いの的となったご当人はというと、

 「…。」

 いつも気がつけば深い深い思惟に耽っている。ものを思うことがいけないとは言わない。体が侭に動かせぬ身の彼であるゆえ、出来ることにも限度があって。眠る前の安静平穏、意識をゆっくりゆっくり沈めるための他愛ないそれであるのなら、むしろ邪魔をせずにおいた方がいいのだが、
“…。”
 そんな時に見せる素のお顔が、あまりに堅く、心ここにあらずという“それ”であるのがどうにも気になってしまう五郎兵衛であり、

 「ヘイさん?」
 「…え?」

 声をかければあっさりと。我に返ってくれるのだが。そうなればなったで、どうして呼んだかという話題に困ることも多々あって。
「そろそろ起き上がってもよいと、許可が下りそうな頃合いだの。」
「そうですねぇ。」
 身体中の何処も、もうさして痛くはありませんし。完治に近いその証拠でしょうか、なんだか横になっていることが退屈で退屈で。にこりと笑った工兵さんへ、
「ああそれは、ヘイさんが働き者だからでござろうよ。」
 起き上がれぬ今でさえ、何かしら新しい機巧の案を巡らせておるのではないか?
「思索の邪魔ばかりして申し訳無いと思うほどだよってな。」
「そんな…。」
 怪我を負ったのが腹でなければ、も少し早ように起き上がれもしたろう、さすれば、
「日々、笑いのネタをどんとご披露しての、やはりお邪魔をし倒したことだろうがの。」
 あっはっは…と、これでも多少は控えめに、いつもの豪気な笑顔を向けて下さる、銀の髪した壮年様へ。確かに…あんまり勢い良く笑ってはお腹の傷に響くから厳禁と、クギを刺されはしたけれど、それだけでもないらしい大人しさでの笑みを返して。
「…。」
 小さな工兵さん、眩しそうにその目をしばたたかせる。この豪快なお人だとて、あの、大陸を二分して繰り広げられた大きな戦さにては、途轍もない修羅場や地獄を見もしたろうに。殺気を感知出来はしても、それへの恐怖心は抱けない体質になってしまったというそれも、そんな経験の後遺症に違いなかろうに。人間、どうすることも出来ないほど追い詰められれば泣くか笑うしか出来ぬもの。だったらいっそ笑ってしまえと、落ち込む者へはその肩をどやしつけ、まずはお手本と言わんばかりに豪快な笑みを披露する剛の者。ただの剽軽からはしゃぐのではなく、壮絶な苦痛や苦悩を一旦突き抜けてから得たのだろうその陽気さには、心からの安堵を招いて余りある、頼もしさが伴われており。
“ああこのお人のように、わたしも強い心根があったなら…。”
 そうと思うと…安堵と一緒に別なもの、胸の奥底から顔を覗かせそうになるのが辛い。以前はそうでもなかったのにね。その日その日と限っての、浮草暮らしなんてしていたから。何処にも根を張らず、誰とも長くは付き合わず。居ても居なくても同じというよな、そんな存在で長く居たから。こうまでも真っ直ぐに、他でもない“あなたを”という名指しで扱われるのには慣れがない。身体を酷使しての作業中や、神経を張り詰めさせての戦いの只中に身を置いていた内はまだ良かったが。それらがすっかりと落ち着いた今、何だかどうも、収まりが悪いというか、居心地が悪くてしょうがない平八であり。

 “私なんぞへ、こうまでして下さらなくとも宜しいものを…。”

 もう用向きは済んだのだからと、そのままそこいらへ打ち捨てて下さって良かったのにねと。少々手ひどいことを思っては、目を細め、口許だけで笑って見せる。横になったままという毎日は、ただ生きているだけだという身であることを大威張りで許されているような安堵とそれから、時折思い出したように押し寄せる、言いようのない痛痒感とを、際限なくの連綿と彼へと齎す日々でもあった。





            ◇



 そんな中。この凄まじい傷を負ったあの戦さから、1月と少しほども経ったろうかという頃合いに。診察日と決めてあった日ではない間合いだというに、唐突に訪れた医師殿がいつもより丁寧な診察をしての後に言ったのが、

 『よし。もう、その身を起こしても支障はないぞ。』

 ようよう待ち焦がれていた快癒の宣言であり。この家の中くらいであるのなら、歩く練習なぞ始めても大丈夫というお墨付きがやっと出た。
『甲斐甲斐しく看護されておったこともあっての早めの快癒じゃ。』
 医師殿は老いたれど闊達そうなそのお顔へ不敵な笑みをじわりと浮かべ、
『いくらこの儂じゃとて、ああまでの惨状、これは半年はかかるかのと危ぶんだが。』
 きつい言い付けを重々守っての安静とそれから、それを守らせるには十分なほどの甲斐甲斐しい助けがあってこその快癒であり。とはいえ、
『傷が塞がったという見立てに過ぎぬということ、忘れるでない。』
 そうとも付け足した医師殿は、
『これは自身でも判っておろうが、筋力も落ちておろうし反射や何やも鈍っておる。』
 それに傷口のそれぞれも、まだまだその患部はやわいから、くれぐれも無茶は避けなされよ?と言い置いて、次の検診日を告げ置くと、そのままあっさりと去ってしまわれた。
「何だか、呆気ないものですね。」
 この日の来るのを待っていたには違いなかったが、こうもあっさりと告げられようとは思わなかったのでと。小さな工兵さんが笑って見せたのへ、
「…ああ、そうだの。」
 こちらさんもまた、あまりに意表をつかれたというお顔をして、医師殿がすたすた出て行った戸口を見やっていたのも束の間のこと。

 「ならば。」

 診察治療や、その後の看護がしやすいようにと、床から高さのある“寝台”というものを拵えての、その上へと寝床を設けて横たえられていた平八へ。これもまたその勝手へ使うため、間近に置いてあった椅子を退けると、横になっていた彼の肩へと手をかける。長い間同じ姿勢でいては床ずれが起きるからと、日に何度も寝返りを打たせてくれていたその手際と似ていたが、
「ゴ、ゴロさん?」
 屈強なその身をこちらの上背へと添わせるようにして、背中まですべり込まされた大きな手は、いつもよりもぐんっと力強くもこの身を支えると、そのまま高々と引き起こし、
「あ…。」
 背中が久々、床から大きく離れたなと思った次の間合いには、素早くねじ込まれた大きな枕の上へと降ろされる。掛け布団を半分ほど、ぐるぐると筒のように丸めたような大きさ厚さの大枕。ほどよい堅さ柔らかさのそれが背もたれになっての、こうまでの起き上がりは本当に久し振りであり。何も言わずという唐突さ加減は医師殿に倣ったものなのか。いつもの五郎兵衛にはありえない性急なものでもあったが、
「腰が辛いようなら、すぐに言うのだぞ?」
「あ、はい。」
 わざわざ“よしか?”と訊かれていたらば、もしやして遠慮した平八だったかもと思った彼だったらしく。ふかり、背中を預けた大きな枕の感触が心地いい。
「これはどうされましたか?」
 先程の手際から察して、寝台の下へ置いてあったらしかったが、こんな大物、今まで見た覚えがない。綿の柔らかさから察しても、さして古いものとは思われず。だが、こういう場合以外の求めもなさそうな品だろうにと訊いてみれば、

  「ああ。某
(それがし)が縫った。」
  「………はい?」

 けろりと応じた五郎兵衛殿。シチさんに教わっての。マチ…というのか、脇のところが立体的になるようにと袋状に仕立てるのがちとややこしかったが、その他はただただ真っ直ぐ真っ直ぐとだけ縫えばいいものだったよって、慣れればさして難儀でもなかったぞと言ってのけての、
「大したものだろうが。」
 にんまり笑ったいかついお顔が、何とも得意げだったのが…妙に可笑しくて。
「〜〜〜〜〜。」
「ああ、これ。そんなに笑うと傷に響くぞ?」
 そうは言われても。この大柄で豪快な御仁が、平八がうとうとと寝入った隙を見つけては、手元でちくちく、細やかな手つきにてこれを縫ってたのかと思うと、つい。
「これ、そんなに笑うでない。」
 言いながら、だが、当の五郎兵衛もまた、嬉しくてしょうがないと言いたげに、目元を細めての笑顔でいるものだから。笑うなという説得力は皆無でもあって、
「ああ、腹筋が痛いです〜〜〜。」
「のっけにそんなに笑うからだ。」
 いくら許しが出たとても、こうまでいきなりの笑いを抱えれば、腹の虫らもびっくりしてのたうっておるかも知れぬぞよと。おどけた語調でまたまた可笑しな言いようをなさるものだから。お外を通りすがった村人らが、何事があったのだろかと怪訝そうに立ち止まってしまったほどの延々と、久々の笑い声は響き続けていたそうな。







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  *何だか長い展開となりそうなので分けますね?
   ちょっと苦手な雲行きですが、
   これもまた避けては通れぬ大事なポイントの一つですので、
   後半も、ががが、頑張りますです。

めーるふぉーむvv めるふぉ 置きましたvv

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